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名古屋高等裁判所 昭和60年(ラ)11号 決定

抗告人 債務者中部燃料こと 能澤榮治被産管財人 入谷正章

相手方 新陽産業株式会社

右代表者代表取締役 樋口充

右代理人弁護士 的場真介

主文

本件執行抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一、本件執行抗告申立の趣旨及び理由は、別紙のとおりであるが、その理由は要するに、本件担保権の存在は、民事執行法上、公正証書或いは印鑑証明の添付された債務者の実印の押捺ある文書等、極めて証明力の高い証拠に基づく証明が要求されているものというべきところ、本件差押命令は、担保権の存在についての右のような証明が不充分であるのに、これを看過してなされたもので違法である、というのである。

二、一件記録によると、相手方(債権者)は、昭和五九年一一月一四日原審裁判所に、債務者に対する原命令添附「担保権・被担保権・請求債権」表記載の商品(レトルトカーボン)の売買による代金債権に基づき、債務者が右商品を、第三債務者名古屋市瑞穂区前田町二丁目二九番地炉材商事こと奥村英弘に転売した原命令添附差押債権目録掲記の転売代金債権に対し、動産売買の先取特権の物上代位権(民法三二二条三〇四条)を有するとして、民事執行法一九三条による債務者の第三債務者に対する右転売代金債権の債権差押命令を申立てたこと、右申立の証明資料として、(1)債権者が債務者に、原命令添附「担保権・被担保権・請求債権」表掲記の日、掲記の商品・数量を、掲記の金額で売渡した旨の記載のある、昭和五九年九月二〇日付債権者作成の納品書一通、(2)同日付の、右納品書と同一内容の記載のある債権者作成の請求書一通、(3)債権者作成の総勘定元帳中、債務者との取引を記載した部分で、その中に原命令添附「担保権・被担保権・請求債権」表記載の売買どおりの日付、品名、数量、単価、売上金額の記入のあるもの一通の各写、及び同年一一月一日付第三債務者から債権者に宛てた「債権者が債務者に売却したレトルトカーボン(数量、債権者売渡量全部)については、同年九月三〇日第三債務者が債務者から買受け、商品は債権者から第三債務者への直送で引渡しを受けた」旨の証明書一通が提出されたこと(なお、右各写の提出については、当該資料が他の書類又は部分と同一綴込或いは同一簿冊になっていて、日常業務に使用中で原本提出が困難なため、申立代理人において原本正写相違ないことを保証する旨の上申がある)、以上につき、原審裁判所は審理のうえ申立を相当と認め、同年一一月二〇日本件債権差押命令を発したこと、以上の事実を認めることができる。

三、ところで、法は、担保権の実行としてなす債権差押については、担保権の存在を証する文書が提出されたときに限り開始されるものとしている(民執法一九三条)が、その提出すべき文書の種別、内容については、何らの限定もしていない。尤も、不動産を目的とする担保権の実行としての競売手続の場合には、その担保権証明のため、担保権の存在を証する「確定判決、家事審判又はこれらと同一の効力を有するものの謄本」「公証人が作成した公正証書の謄本」或いは「担保権の登記(仮登記を除く)のされている登記簿の謄本」の提出が要求されている(民執法一八一条一項一号ないし三号)のであって、その趣旨は、担保権の存在につき、私書証書による立証を排斥し、一定の公文書に法定することによって、手続の簡便を計ると共に、より信頼度の高い証明を要求するものと解せられるので、担保権の実行である債権差押の場合にも、右不動産の場合に準ずる証明資料による証明を要するのではないか、と一応考えられなくもない。しかし同じく不動産を目的とする担保権の実行の場合であっても、一般の先取特権の場合には、法は「その存在を証する文書」とするのみで、格別証明文書の限定をしていないし(前同条同項四号)、債権差押の場合にも同様であることは前記のとおりである。

四、思うに、通常の不動産を目的とする担保権の実行の場合に、その存在の証明に前記のような法定文書を掲げたのは、一般に不動産取引については登記の制度があり、登記をなしうる権利については登記手続をなすのが取引社会の通例であり、又不動産の取引当事者は慎重を期して公正証書を作成することが少くないというのが取引界の実情であることに鑑み、担保権証明文書を前記のように法定することが、手続の簡便と信頼の確保に役立つ反面、これを要求することが、即ち債権者に難きを強い、その権利の実現を不安たらしめることにはならないと思われることによるものと解される。従って、同じく不動産を目的とする担保権であっても、一般の先取特権については、その権利の性質に鑑み、その証明資料を単に「その存在を証する文書」とするに止まっているものというべく、債権を目的とする担保権の実行の場合においても、かかる場合登記のような公示制度がなく、又常に公正証書を作成する等権利確保の煩雑な手続を要求することは、実際取引界の実情に照らして到底困難という他なく、債権者に難きを強いるものであって、ひいてはこの種担保権の活用を事実上認めないことにもなりかねないと思われることに鑑みると、これを前記通常の不動産担保権の場合と同様に解さなければならないものではないというべく、民執法一九三条にいう「担保権の存在を証する文書」については同法一八一条一項一号ないし三号のような限定をしていないものと考えられるのであって、右担保権の存在は、疎明ではなく証明を要し、かつ、その認定は、債権者側の一方的資料に安易に依拠することのないようにという意味で、慎重になさるべきであるが、結局要は裁判官の自由なる心証にまつべきもので、裁判官が当該提出資料によって充分な心証を得られれば足り、何ら証拠資料を限定するものではないというべきである。

五、債権者が原審において提出した前記証明資料によれば、債権者の本件被担保債権、担保権、物上代位権の各存在は、優にこれを認めることができ、当審において提出された水野興業こと水野好枝作成の証明書及び第三債務者奥村英弘審問の結果は、右心証を更に固からしめるに足りるものである。

六、そうすると、原命令は相当であって本件執行抗告は理由がないというべきであるから、これを棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 西岡宜兄 喜多村治雄)

〈以下省略〉

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